東京高等裁判所 昭和23年(ナ)3号 判決 1948年12月25日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負擔とする。
事実
原告訴訟代理人は、昭和二十二年四月十五日執行せられた茨城縣稻敷郡莖崎村村長選擧に關し、被告が昭和二十三年二月二十日爲した裁決を取消す、昭和二十二年四月十五日執行せられた茨城縣稻敷郡莖崎村々長選擧は無効とす、訴訟費用は被告の負擔とす、との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十二年四月十五日茨城縣稻敷郡莖崎村において執行された同村々長決選選擧の選擧人である、又た同村大字若栗一〇二番地、相澤四郞、同村大字若栗、西村定義及び同村大字高崎、原健の三名も右村長選擧竝びにこれと同時に執行せられた茨城縣知事決選選擧の選擧人で、右三名はいずれも茨城縣筑波地方事務所の職員であつて、右村長決選選擧と同時に執行せられた茨城縣知事決選選擧に茨城縣會議員選擧管理委員會から選擧監視員を委囑され、同地方事務所管下の選擧の監視員として投票區域外において職務に從事し、從つて町村制第二十二條の四、町村制施行令第二十二條第一項第四號に該當し、不在投票の事由を有するものであるが、右村長決選選擧の不在投票に際し、右村長決選選擧と同一日時に同一場所で執行せられた茨城縣知事決選選擧のための茨城縣會議員管理委員會委員長守屋陸藏名義の特別投票者證明書を同村選擧管理者に提出したのみで、右村長決選選擧のための特別投票者證明書を提出せざるに拘わらず、同村長選擧の投票用紙及び投票用封筒の交付を受け、同村役場内に設けられた特別投票記載所において、投票用紙に被選擧人の氏名を記入し、封筒に入れ封緘し、その他町村制施行令第二十六條の正規の手續に從つて、相澤、原は同年四月十三日、西村は同月十四日、原は第二投票分會長に、相澤、西村は第三投票分會長に、それぞれこれを交付して右村長決選選擧の不在投票を爲したものである。しかし二つ以上の選擧が同時に同一場所において執行せられる所謂合同選擧、又は合併選擧とは、單に投票竝びに開票を同一日時、同一場所で行うというだけのことで、各選擧はあくまでも別個獨立の選擧であり從つて特別投票の手續も選擧法規に從い各別に進行すべきものであることは明白である、よつて知事選擧と村長選擧との合同選擧である本件においても特別投票に關する手續は各別に嚴正公平に執行すべきもので、合同選擧なるがために一つの手續を以て二つの選擧の手續として効力を生ぜしめることはできない、しからば右三名の本件不在投票は、右村長決選選擧のための特別投票者證明書なくて爲されたもので前記選擧の規定に反し無効である、假りに本件合同選擧において知事選擧のため發行された特別投票者證明書を利用して爲す村長選擧の不在投票を以て有効であるとしても、本件知事選擧特別投票者證明書には次のごとき違法の點がある、すなわち、(一)本件のごとき特別投票者證明書なるものは、町村制施行令第二十二條第一項第四號第二十三條第二十四條第一項第四號に基き、投票者所屬の官公署の長の證明書でなくてはならぬ、元來選擧に關する事務は從來は總て普通の地方行政廳すなわち府縣知事又は市町村長の管理するところであつたが、昭和二十一年法律第二十七號第二十八號第二十九號を以て府縣制市制町村制の一部を改正して府縣市町村に選擧管理委員會を設置し、選擧事務に關することは擧げて選擧管理委員會に管掌せしめることになつたのであるが、市制町村制施行令第二十四條第一項第四號は何等の改正も修正も加えられず依然存置することになつたのである。しかして同號に、その證明書を、各所屬の官公署の長と規定して特に各所屬の官公署の長と指定したのは、選屬事務を管掌する選擧長たる地方行政廳すなわち知事市町村長を指すにあらずして、その選擧事務に關與したる官公吏の本來所屬する各官公署の長を指したることは疑がない、從つて相澤、西村及び原の三名は當時いずれも筑波地方事務所の職員であつたことは前述のごとくであるから、その所屬官署の長たる同事務所長の證明書を提出すべきに拘わらず、茨城縣會議員選擧管理委員會長守屋陸藏の證明書を提出して投票をしたのであるから、右投票はいずれも同施行令第二十四條第一項第四號の規定に違反する行爲に基いて爲されたもので、この點からも無効なるを免れない、假りに本件の場合に茨城縣會議員選擧管理委員會委員長の證明書を以て足るものと解するも、かかる證明書なるものは市制町村制施行規則第二十一條の規定により、一定の樣式に從い官公署の長の氏名とその印を押捺せねばならない、しかしてその印とは、作成名義者の印をいうことは理論上疑がない、しかるに相澤四郞、西村定義に交付された本件證明書は、その作成名義が茨城縣會議員選擧管理委員會委員長守屋陸藏なるに拘わらず、その名下の印は茨城縣會議員選擧管理委員會の印が押捺されているから同施行規則第二十一條の樣式を具えざる無効のものである、よつてこれに基いて爲した相澤四郞、西村定義の投票はこの點からも無効といわねばならぬ、更に(二)本件で使用された特別投票者證明書は昭和二十二年四月五日に執行された茨城縣知事選擧の際使用した特別投票者證明書の日附を加筆改竄してその訂正印も押捺せずに利用したもので、同月十五日執行の同縣知事決選選擧のための證明書としてはその効力がない、從つてこれに基いて爲された本件投票はこの點からも無効である、しかして本件村長決選選擧の結果は、千二百五十八票成島宇四郞、千二百五十五票神山孫市となり、成島宇四郞を以て當選者とし、神山孫市を次點者と決定したが、當選者と次點者との差は三票であるから、本件特別投票三票が無効なる以上選擧の結果は異動を生じ從つて本件村長選擧は無効なることが明白なので、原告は莖崎村選擧管理委員會に對し異議申立を爲したところ、同委員會は昭和二十二年五月七日異議申立は相立たぬ旨の決定を爲したが、原告は右決定に不服のため更に同年五月二十三日被告に對し訴願を爲したところ、被告は昭和二十三年二月二十日訴願人の申立は相立たぬ旨の裁決を爲し、原告は同年三月二日該裁決書の交付を受けた、よつて原告は、更に被告の右裁決を取消し、本件村長選擧を無効とすとの判決を求めるため本訴に及ぶと述べた。
被告は原告の請求を棄却すとの判決を求め、その答辯として原告主張の事實中本件特別投票證明書が昭和二十二年四月五日に執行された茨城縣知事選擧に使用された特別投票者證明書の日附を改竄したものであるとの點を除き、爾餘の事實關係は總てこれを認める、しかしながら本件のごとく、知事選擧と村長選擧とが、同一日時同一場所において行はれる場合は、不在投票の證明書がたとえ、知事選擧の當日投票時間内に自ら投票所に到り投票することができない旨を證する形式で交付されたものであつても、これは等しく村長選擧についても不在投票事實に該當する事實の證明としては十分の證明力があるものと認められる、從つてかかる證明書に基き村長選擧に不在投票を爲しても、その投票の効力には影響を及ぼさざるものと解するが相當である、この點は道府縣施行令第十六條ノ四、第三、市制町村制施行令第二十四條第三項、道府縣制施行令第十六條ノ五、第一項及び市制町村制施行令第二十五條第一項の趣旨に鑑みても、特別投票者證明書そのものは不在投票の絶對的要件にあらざることが十分看取できる、次に本件不在投票のための特別投票者證明書が茨城縣會議員選擧管理委員會委員長守屋陸藏の證明書であることは適法であつて決して市制町村制施行令第二十四條第一項第四號に違反するものではない、昭和二十一年法律第二十七號第二十八號第二十九號によつて、市制町村制、道府縣制の一部を改正して新に選擧管理委員會を設け選擧執行に關する事務は凡て選擧管理委員會の權限と責任において行はれるのであつて、選擧監視員の任命も知事やその補助機關たる地方事務所長の權限ではなく專ら選擧管理委員長の權限であり、又た選擧監視員が投票所監視のため選擧の當日その屬する投票所に至り投票を爲し能はざる事由の有無の認定のごときも固より選擧管理委員長の權限に屬することは明白であるから、市制町村制施行令第二十四條第一項第四號に所謂官公署の長とは、本件においては、茨城縣會議員選擧管理委員會委員長と解すべきことは疑がない、次に相澤四郞、西村定義に交付された特別投票者證明書の作成名義は茨城縣會議員選擧管理委員會委員長守屋陸藏とあるのに、その名下には、茨城縣會議員選擧管理委員會なる印が押捺されていて、これは茨城縣會議員選擧管理委員長の印を押捺すべきであつたことは原告主張のとおりであるが、右證明書はいずれも右作成名義人より正當に作成されたもので、ただ證明書作成の事務を取扱つた書記が印を誤つて押捺したものにすぎない、元來市制町村制施行規則第二十一條による證明書の樣式には、何故に發行者の印を押捺することになつているかといえば、その文書が正當なる發行者によつて發行されたものであることを證する必要からであるから、たとえ選擧管理委員長の印章を押捺すべきを誤つて選擧管理委員會の印章を押捺したとしても、その文書が發行權限者によつて正當に發行されたものである以上はもとより有効であるからこの點の原告の主張も理由がない、次に本件特別投票者證明書が昭和二十二年四月五日執行された知事選擧に使用した特別投票者證明書の日附を改竄して作成したような事實は全然ない、(一)相澤、西村及び原の三名が使用した本件特別投票者證明書の中で日附が訂正されているのは原の證明書のみである、しかもこれは、同年四月十五日執行の選擧の用の特別投票者證明書用紙が不足したため、證明書交付事務を擔當していた選擧管理委員會書記若倉貞夫が、同年四月五日執行の選擧用の特別投票者證明書用紙の殘りを利用して、その日附を訂正交付したもので、正當に作成された證明書である、(二)若し同年四月五日執行の知事選擧に使用した證明書ならば、證明書そのものは、投票用紙受領の際投票分會長に提出され、同分會長は投票終了後これを選擧長に送付し、選擧長は選擧會終了後選擧管理委員會に送付し、同委員會がこれを保管しているべきものであつて、投票人なる原がこれを所持しているがごときはあり得ない、しかも四月五日執行の選擧に際し、原は選擧監視員として出張を命ぜられていなかつたから、右選擧には同人は不在投票はしていないのである。從つてこの點に關する原告の主張もまた理由がないと述ベた。
(立證省略)
理由
原告主張の事實中本件特別投票者證明書が昭和二十二年四月五日に執行された茨城縣知事選擧に使用した特別投票者證明書の日附を改竄したものであるとの點を除く爾餘の事實關係は總て當事者間に爭のないところである。
原告は、本件のごとき合同選擧又は合併選擧なるものは、單に投票竝びに開票を同時に同一場所で行うに過ぎず、選擧そのものは各別個獨立のものであるから、不在投票の手續も各別に選擧法規に從い嚴格に行はなければならぬから、特別投票者證明書も各別に提出すべきに拘わらず、知事選擧のために發行せられた特別投票者證明書のみに基き、村長選擧の不在投票を爲さしめたのは、市制町村制施行令第二十四條第一項第四號に違反する旨を主張するけれども、本件特別投票者證明書なるものは、甲第一號證の一乃至三によれば、相澤、西村及び原等は昭和二十二年四月十三日より同月十七日まで他に出張して選擧事務に從事するため、同月十五日執行の茨城縣知事選擧の當日投票時間内に自ら投票所に到り投票を爲すこと能わざるべき者たることを證明したものであることが明かであるから、右證明書は右知事選擧と同日時同一場所で行はれる村長選擧についても、同じく當日投票時間内に自ら投票所に到り投票を爲すこと能はざるべき事由の證明として、充分の證明力があるものと解するのが相當である、從つて右村長選擧に當り、本件證明書を提出しただけで村長選擧のための特別投票者證明書を提出せずとも、何等同令第二十四條第一項第四號に違反するものでなく、これに基く本件不在投票はもとより有効である。
原告は、右三名は本件選擧執行當時いずれも茨城縣筑波地方事務所の職員であつたから不在投票を爲すには、同令第二十四條第一項第四號によつて、その所屬官署の長たる同地方事務所長の證明書を提出すべきであるのに、茨城縣會議員選擧管理委員會委員長の證明書を提出して、投票を爲したるものであるから、右規定に違反する旨主張するけれども、凡そ選擧に關する事務は總て選擧管理委員會の管掌するところであつて、地方行政官廳は全然これに關與することは許されていない、しかし本件選擧執行當時右三名は、茨城縣會議員選擧管理委員會から、選擧監視員を委囑されて選擧に關する事務に從事中の者であるから、同人等につき果して選擧に關する事務に從事するため不在投票の事由があるかどうかは、同人等が本來所屬する筑波地方事務所の所長よりも同選擧管理委員會委員長において、最もよく知つているべき筋合であるから、同委員長をして右事由の有無を認定せしめるが妥當である、よつて本件の場合、同人等所屬の官署の長とは同選擧管理委員會委員長と解するのが相當である、從つて同人等が右委員長の本件證明書を提出して爲した不在投票はもとより有効である。
原告は、本件特別投票者證明書の中相澤、西村の兩名に交付された分は、その作成名義は、茨城縣會議員選擧管理委員會委員長守屋陸藏とあるのに、その名下の印は同選擧管理委員會委員長印ではなく、同選擧管理委員會印が押捺してあるから、市制町村制施行規則第二十一條所定の樣式に反し無効なる旨主張するけれども、右證明書は、證人若倉貞夫の證言によれば、いずれもその作成名義人によつて正當に作成されたものであることが明かで、しかも作成者名下の印影は同選擧管理委員會委員長印を押捺すべきを同選擧管理委員會印を押捺した程度に過ぎずして、作成名義と押捺された印とは全然無關係のものとはいえないから、右文書の證明力には何等缺けるところはなく、從つて本件證明書は有効である。
原告は本件特別投票者證明書は、昭和二十二年四月五日に執行された茨城縣知事選擧の際使用した特別投票者證明書の日附を改竄して作成したものである旨を主張し、しかも原告本人は、原健に交付された分につき交付後に訂正の權限のないものがこれを改竄したようなことを窺うに足るがごとき口吻の陳述をしているけれども、右陳述は證人若倉貞夫の證言に對比して採用し難く、他に右事實を認むるに足る證據はない、尤も甲第一號證の一乃至三、證人若倉貞夫證言によれば、本件證明書中原に交付された分は、その日附が訂正され、しかも訂正印も押捺されていないことが認められるけれども、他面また右證據によると、本件のごとき證明書の發行については、同選擧管理委員會委員長において、同選擧管理委員會筑波郡書記長に對し、豫め右選擧管理委員會委員長の記名捺印ある證明用紙を送付し置き、これが必要事項の記入その他發行に關する一切の事務を同書記長に委せていたのであるが、たまたま同年四月十五日執行の選擧用の證明書用紙が不足したため、證明書交付の事務を擔當していた同選擧管理委員會筑波郡書記若倉貞夫において、同郡書記長の指圖を受けて、同月五日執行の知事選擧用の證明書用紙の殘りを利用し、その日印を訂正して、同月十五日執行の知事決選選擧の證明書として作成を完成したもので、右證明書は何等僞造又は變造にかかるものではなく、作成權限あるものによつて正當に作成されたことが認められる以上たとえ右訂正について訂正印の押捺を缺いていても證明書としての効力には何等影響のないことが明かであるから、原告の右主張事實は認めることができない。
しからば原告の主張は結局いずれもその理由のないことが明かであるから、本訴請求を失當として棄却し、訴訟費用の負擔つにいて民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用して主文のごとく判決をする。